8月

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■質屋今昔 2 質屋の没落と高利貸しの台頭。

質屋の起源は中国にあって、西暦5世紀ごろに寺院の救済事業としてはじまったのが起源だとされています。

日本の質屋の起源はというと鎌倉時代だったようで、それが今日、1960年代ごろまでの人々の生活を支える換金機能として大きく役立ってきました。

ずいぶん長く歴史のある事業です。

江戸時代のドラマでも、武士が魂ともいえる刀を質屋に入れたり、利息の不払いで大騒動になるといった一幕を観ることがあります。

江戸時代から数えてもかなりの年数になる質屋は、まさに困ったときの駆け込み寺だったのです。

しかし1970年代に入ると様相は一変します。

みなさんもよくご存じだとは思いますが、無担保・無保証人でお金を貸してくれる消費者金融、サラリーマン金融が台頭して、質屋が隆盛を誇った時代は終わりを告げます。

ちょうどそのころ、通称サラ金の台頭と並んで横行したのが町の金融屋でした。

いまでいうところの高利貸しのような存在です。

たとえば当時はどこの家にもあった固定電話の加入権を担保にお金を借り、月に30%以上の利息をとっていたと記憶しています。

それだけならまだしも、そうしたところにお金を借りに行くと、必ずといって良いほど高麗人参茶やマムシドリンクのパックがカウンターに置いてあり、それを半ば強制的に買わされるのです。

たとえば電話の加入権を担保に20万円を借ります。

まず1カ月分の利息30%を先取りされて、17万円が渡されます。

そして高麗人参かマムシドリンクのどちらかを1万円で買わされます。

手取りは16万円ということになってしまいます。

返済が遅れると遅延利息金として45%が加算されるという暴力的なものでした。

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